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2011.05.15

緑陰の熊野路

二泊三日の熊野路レポいきます。

<一日目>
・5時に起きて新幹線と電車にゆられること5時間。紀伊田辺駅着。
・そこからバスに乗り換えなんだけど、次の便まで1時間あると言われて呆然とする。仕方がないので駅前の商店街をぶらつく。ほぼシャッター街。適当にふらふらしてごはん食べる。タコライスおいしかった。
・バスに乗り込む。ここからまた1時間半かかると思うと気が滅入る。案の定爆睡。
・目を開けると新緑の世界が広がってました。ところどころ野生の藤の薄紫が見える。
・宿着。部屋キレイ!縁側ついてるし、そのむこうには清流が見える。
・縁側に足を投げ出して昼寝したかったけど、温泉に入るという使命に駆られて徒歩15分の道のりをてくてく歩いて元湯へ。
・肝心の温泉、泉質がいいのなんのって!!無色透明でにおいもさほどしないけど、肌触りがとろんとしてていい。おそらく二時間くらいは湯船につかっていた。
・湯ざましも兼ねて川べりでぼーっと川の流れを眺める。川底がみえるくらい透明な川でマイナスイオン浴びまくり。
・夕飯。山菜三昧。ユキノシタって食べられるんだね。山菜のうまい時期に来てよかったよ、おかあちゃん…鹿もこんなにおいしいんだね。

<二日目>
・熊野本宮、遠いから諦めようとしてたら宿の人が車で送ってくれることに!ありがたやありがたや。
・ヤタガラス様がいっぱいいらっしゃる!!
・地球環境保護(エコロジー)とか出発(たびだち)とか、社内の言葉には何故かよくわからないルビがふられていることが多かった。少年マンガか?
・おおゆのはらの大鳥居が本当に大きすぎてびっくりした。
・お昼はめはりずしと熊野サイダー紫蘇味。美味しかった!
・宿まで戻る途中のバスで小学生がわらわら乗ってくる。降りるときにお金を払ってたら「なぁなぁ、なんでお金払うん?」と訊かれ、面食らってしまった。ロハで乗せてくれるほど世の中甘くないのよ、坊や。そもそも君はバス代をどうしてるんだい?
・村に戻ったらまた温泉。二日目になってあきらかに観光客の数が減っている…!最後ほぼ貸し切りでした。
・柚子シャーベットとソーダを帰りに食べて宿に戻る。
・二日目の夕飯も山菜祭り+川魚

<三日目>
・どうせなら帰りは高野山寄って帰ったら?と宿の人に勧められて急遽高野山に寄ることに
・途中、平惟盛が落ち伸びた谷だのなんだのという説明を聞きながら高野山へ。着くとお遍路の格好した人がちらほら。高野山に来るってことは八十八カ所巡り終えたってことだよな。お疲れ様です。
・まずは奥の院へ。途中墓だの慰霊碑だのが立ち並ぶ。豊臣秀吉、織田信長、徳川家康、吉宗、平敦盛…ここに来ればお参りできないものはない!と思わせるほどの墓、墓、墓…
・荷物が重くて途中休んでたら「誰かのお墓探してるんですかー?」と声をかけられる始末。そんな、墓マイラーじゃあるまいし。
・次は金剛峯寺。かの弘法大師が開いたお寺。
・部屋の襖の絵が豪華過ぎて絶対おちつかない。総金箔張りのキッラキラな間まであった。Ohこれがマルコ・ポーロの言う黄金の国ジパングね…と思った。
・お茶とお菓子がふるまわれ、茶室と言うか座敷では説法してました。先の震災の為に祈りましょうとのことで祈って来ました。
・めずらしく台所まで見られる順路になっていた。台所に普通に神棚があってちゃんと榊をそなえてあった。神様も未だに大事にしてるみたいで和んだ。
・下山。ロープウェイ乗り場で何故かDBのあのオレンジの服を全身着た人がいた。彼はスーパーサイヤ人になるために高野山で修行しているのだろうか?

以上、熊野日記でした!とにかく日本の自然豊かすぎて圧倒された!あの山の中にいたら、デイダラボッチいると思った。いても不思議じゃない。
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